【座席表予想図】八千代座 / 八千代座交流館

やちよざ は、豊前街道の九日町から少し脇に入ったところに静かにたたずんでおります。木の温もりと西洋の建築の良いところを一部取り入れ建設されました。明治44年1月(1911年)のこけら落としから沢山の役者さんや歌手そしてお客様をお迎えしてきました。内部は桟敷席や廻り舞台、スッポンやセリなど歴史ある舞台装置が装備されており、さらに機材持ち込みでのライブやコンサートなども行われています。 キャパシティは700人。これからも皆様のご来場をお待ちしています。
八千代座の隣には やちよざこうりゅうかん があります。



■座席

★八千代座 700人

右から、"いろはにほへとち" と座席番号が付いています。
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座席表
1階
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2階
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○座席は、右手より「上手」・「桝席」・「下手」となります。
○黄色と青が椅子席となります。
○座席番号につきましては、公演により異なりますのでお問い合わせください。

■アクセス

〒861-0501 熊本県山鹿市山鹿1499 八千代座
〒861-0501 熊本県山鹿市山鹿1490 八千代座交流施設



JR新幹線新玉名駅かJR鹿児島本線玉名駅から、バスで30~40分

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駐車場 あり






★八千代座交流館 着席型94席
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座席をはずして、交流会場や控室にも使用できるスペース。
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■八千代座のイベント予定

・明治44年1月こけら落とし

八千代座は、明治43年12月竣工の江戸時代の伝統的な芝居小屋様式を今に伝える建物です。山鹿の商工会が劇場組合を作り、1株30円の株を募って建てたものです。八千代座を設計し、工事監督をしたのは、回船問屋の主人で灯籠師でもあった木村亀太郎です。建築には素人でしたが、研究熱心で東京の歌舞伎座や各地を見学、さらには上海に渡り洋式工法の長所も取り入れました。昭和40年代になると庶民の娯楽が多様化し、八千代座は時の流れの中に取り残されていきます。

・八千代座の舞台に立った主な方々 

平成28年4月現在 
松井須磨子が劇中で歌ったカチューシャの歌は山鹿中で歌われたくらいに大流行したそうです。少女歌舞伎も大人気でした。昭和になると、演説会、新派劇と様々。珍しいものでは映画と劇を一緒にした連鎖劇も出てきます。変わったところでは、柔道、相撲、ボクシングの試合もありました。戦後は、福岡フィルや辻久子のバイオリンリサイタル、谷桃子のバレエ,淡谷のり子、東京混声合唱団など新しい音楽のジャンルも登場してきます。昭和30年代は映画が主流になりますが、その映画もテレビに押され、八千代座も施設の遅れもありだんだんと敬遠されるようになりました。娯楽の変遷は厳しいものがありました。そして八千代座は40年代後半まで、時々の利用はあったようですが経営不振により閉鎖されてしまいました。

市川新之助 松本幸四郎 坂東玉三郎 中西和久 鶴瓶 松井須磨子 市川団十郎 岡林信康 野村萬斎 鼓童 岡田嘉子 花柳章太郎 ミヤコ蝶々 サリナジョーンズ 市川 亀治郎 五月信子 長谷川一夫 桂 小金治 水前寺清子 亀井 広忠 市川猿之助 鶴田浩二 こまつ座 尾上松禄 田中 傳左衛門 守田勘弥 中村翫右衛門 わらび座 沖 仁  田中 傳次郎 片岡千恵蔵 伴淳三郎 清和文楽 里美紀子 中村 獅童 高田幸吉 谷 桃子 アジョッタ 松井 誠 市川猿弥 片岡仁左衛門 エンタツ 梅沢富男 渡辺美佐子 C.W.ニコル 水谷八重子 酒井 雲 山川静夫 坂東三津五郎 市原 悦子 清川虹子 村田英雄 片桐光洋 市村正親 笑福亭仁鶴 アチャコ 霧島 昇 肥後琵琶演奏会
阿川泰子 森山良子 天中軒雲月 三波春夫 悪役商会 風間杜夫 稲川淳二 広沢虎造 淡谷のり子 柳家小さん 松本幸四郎 中村吉衛門 藤原義江 中村福三郎 ヘレンメリル 中村翫雀 十一代目 市川海老蔵 藤島武雄 黒田良助 片岡仁左衛門 中村扇雀 堀越 麗禾 辻 久子 永 六輔 春風亭小朝 十八代目中村勘三郎 四代目 市川猿之助 坂東多門 マルセ太郎 和泉元弥 宇崎竜童 フライドプライド 三河屋桃太郎 やなぎ句会 桂 米朝 阿木燿子 日野皓正 市川男女蔵 憂歌団 玄海竜二 鍵田真由美 亀井忠雄 島村抱月 朝丘雪路 AIKA 佐藤浩希 大鳥れい 鈴木澄子 山本邦山 野村万之丞 藤山直美 佐々木蔵之介 佐藤隆太 サーカス

第Ⅰ期 〔建設時〕 明治44年1月、こけら落としの時の姿(1911年)明治43年の初夏に着工されたようです。同年10月17日上棟式、年末に竣工。
第Ⅱ期 〔全盛期〕 大正12年増築工事が完了した時点の姿(1923年)喫煙室の増築が主体で、大正10年の法律改正で、喫煙室の設置が義務づけられたために行った。大正9年に着手し、同12年に完了。
第Ⅲ期 〔衰退期〕 昭和30年代映画館に改造された頃の姿(1950年代)映写室を設けて映画館になる。建物のあちらこちらを小改造する。昭和40年代頃からは、廃屋同然となる。
第Ⅳ期 〔復興期〕 昭和62年市民の寄付を基に復興が始まる。八千代座組合が八千代座を市に寄付。
現在は, 第Ⅱ期に復原されました。

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