Go To イベントは5万円でたった2千円の還元!? ぴあ社長の危機感

 ぴあ創業者で社長の矢内廣さん。エンタメ業界の代表として、コロナ禍で大打撃を受けている窮状を訴えるものの、その声は政府になかなか届かず、作家・林真理子さんとの対談でも「このままでは業界が成立しなくなる」と強い危機感を訴えました。
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林:矢内さんは、私が幹事長をしているエンジン01(文化人のボランティア団体)の副幹事長と事務局長で、私も矢内さんがおやりになっている「チームスマイル」(東日本大震災後のエンタメを通じた復興支援活動のための一般社団法人)の理事をやらせていただいて、日ごろから親しくさせていただいてますが、あらたまってお話するのは初めてかもしれないですね。

矢内:ええ、そうですね。

林:正月早々、コロナの話題で気が重いですが、矢内さんはコロナが出始めた去年の3月でしたか、安倍前総理のところに行って「このままだと日本のエンタメ業界は大変なことになります」と訴えられたそうですね。そのとき安倍さんはなんとおっしゃったんですか。

矢内:そのときの模様は、口外しないことになってるので、話せないんです(笑)。

林:でも安倍さん、もう辞めちゃってるんだし(笑)。

矢内:政府の偉い方と話していると、最初に「損失補填は税金ではできません」と言われるんです。「えっ?」と思うんですけど、そうじゃない例は過去にいくつもあるんですよ。例えば、かつて産業再生機構が扱ったいくつかの大企業の例や、リーマンショックのあとの銀行もそうですよね。最近の大手航空会社の例もそうですし、いずれも経営がうまくいかなくなって経営破綻した結果、公的資金、つまり税金を注入されたわけです。だけど、「エンタメ業界の損失補填は税金ではできません」とおっしゃる。私たちは政府の自粛要請に応えているわけですよ。

林:はい、そうですよね。

矢内:これは費用であって損失ではない。その費用は政府が補償するのが正当な考え方だと思いますよ。それを申し上げてるんですけれども、どうもご理解いただけないんですね。

林:それはつらいですね。

矢内:今回のコロナの最初のころ、ヨーロッパの政治家たちは「芸術文化は人間生活に必要なものだ」と明言していますが、そういう認識が日本の政治家たちは薄いなと思いますね。

林:旅行業界の声は政府に届くのに、エンタメ業界の声が政府に届かない一つの要因として、「業界として、国会に議員を送り込んでいないからだ」という声もありますね。

矢内:業界の声がちゃんと政府に届いてないことは事実です。芸術文化、エンターテインメントの世界の人たちは、政府におもねることがあってはいけないという大原則でやってきた経緯がありますから、政治の世界に自分たちからアプローチしてこなかったんです。

林:なるほど。「好きなことをやってるんだから仕方ないじゃないか」という声もあって。

矢内:残念ながらそういう見方をされる方もいます。でも、小説の世界もそうだし、芸術文化、エンターテインメントがどれだけ多くの人たちの心の支えになっているか。エンターテインメントは、励ましたり勇気づけたりする力を間違いなく持ってるわけですよね。

林:そうです。エンタメ業界にも、実際にいろいろと弊害が出てるわけでしょう? わりと有名な俳優さんたちも、CMをやってる方以外は大変みたいで、裏方の人は田舎に帰る人も多いと聞いてます。

矢内:そうなんです。このままだと、この業界を支えているたくさんのフリーランス契約の個人事業者たちがやっていけなくなり、コロナが収まってもライブ・エンタメ業界が成立しなくなることを心配しています。追い打ちをかけたのが大晦日の電車の終夜運転の中止で、カウントダウンイベントも軒並み中止。しかも、ロック系、ポップス系のコンサートは、入場制限がキャパシティー50%、上限5千人という設定で、コンサートがビジネスとして成立しないから、ほとんど開催されず、対象となるコンサートそのものが存在していません。これらの制限も、去年の11月で外れる予定だったのが、3カ月延長されて今年2月までになりましたからね。

林:三枝(成彰)さんなんて、ヤケになって「クラシック音楽は滅びるぞ!」とか言って。

矢内:「もうやれない」と思ってる人はたくさんいます。政府は一方でイベントの入場制限を延長してコロナを抑えようとして、もう一方で経済復興のためGo To トラベルで消費の喚起をしようと、二刀流で対応しようとしています。この考え方は理解はできますが、それならそれに対応した予算をつけてほしい。私はGo To トラベルは、経済再興としてこれはこれでいいことだと思うんです。そのために2兆1千億円ぐらいの予算を組んで、旅行費用の35%がキャッシュバックされて、15%はクーポン券として地元で使えて、合計50%戻ってくるという非常に手厚い内容ですが、それに比べると、ライブ・エンタメ業界に対する政府の支援は非常に微々たるもので、1800億円ぐらいのあまりに貧弱な予算なんです。

林:そんな程度なんですか。

矢内:Go To イベントも始まりましたが、これも不発です。消費者への還元は、チケット1枚につき上限2千円なんですよ。旅行で5万円使えば2万5千円戻ってきますが、5万円のオペラのチケットを買っても2千円しか戻りません。Go To トラベルであれだけ手厚い補償をしてるんだから、ライブ・エンタメ業界にもちゃんと補償をしてほしいと思いますね。ライブ・エンタメ業界のマーケットは9千億円ぐらいあるんですが、ぴあ総研の調べでは8割が棄損します。年間売り上げが8割なくなったら普通潰れます。私は、ライブ・エンタメ業界がほとんど補償のないまま、政府の感染拡大防止策のスケープゴートにされていると思ってます。

林:こういうときにあって「鬼滅の刃」だけは異常なヒットで、「千と千尋の神隠し」の興行収入を抜きましたが、「鬼滅」がエンタメ業界にもたらした効果ってすごくあるみたいですね。

矢内:あれがヒットした背景の一つには、このコロナでハリウッドなんかの大型作品が軒並み公開延期になったこともあると思います。それと今、ほとんどの劇場はシネコンになって、通常ならそれぞれのスクリーンで別々の作品をかけるんだけど、今回は複数のスクリーンで「鬼滅の刃」をかけてるんですよ。だから上映回数が多くなっちゃうんです。

林:なるほど、そういうことなんですね。

矢内:もちろん作品自体が強くなければ、上映機会が増えてもお客さんは入らないんだけど、今回はその両方が重なったんですね。

林:あれがもたらしてくれたコミックマネーが出版界に流れ込んで、コミック誌を持っている出版社はウキウキしてますよ。

矢内:でも、ライブ・エンタメ業界は、まったくそういう状況じゃないです。

林:明るい兆しはないですか。

矢内:これからの話になりますけど、生のコンサートを見たいという強い欲求がどんどん膨れてきていることは間違いないので、入場者からお金をもらえない分をライブのネット配信で補填しようという動きが現実に出てきています。コロナがどこかのタイミングで落ち着いて、ライブのコンサートが元のように復活しても、ライブ配信が一緒に行われることになるかもしれません。

林:ほう、なるほど。

矢内:地方でのライブのコンサートは、採算性がもともとあまりよくないんですけど、コロナになってますますその状況が顕著になって、ひょっとしたら、コロナが落ち着いても地方のコンサートは減るかもしれない。その分、ライブ配信が多くなっていく可能性は十分ありますよね。自分が好きなアーティストをどうしても見たい、聴きたいという気持ちが、そうさせるんだと思います。

林:米津玄師さんなんかすごく早くからライブ配信をやって成功してますよね。YOASOBI(小説を原作として作曲し人気を博している2人組音楽ユニット)だとか、「香水」(瑛人)も大ヒットしてるし。

矢内:林さん、よくご存じですね。

林:娘が音楽好きだから、一緒に聴いてるんです。音楽の形もすごく変わってきてますよね。うちの娘なんかユーチューブで音楽聴くし。でも、ユーチューブって音がすごく悪いですね。

矢内:ただ、これも5G(第5世代移動通信システム)になって音がよくなるんですよ。ネットで聴く音質が上がるのも時間の問題だと思います。

林:矢内さんは東京オリンピックにもいろいろ関係していらっしゃいますよね。このご時世だと、これまた暗い話になりそうですけど……(苦笑)。

矢内:2019年のラグビーW杯もそうでしたし、今回の東京オリンピック・パラリンピックもそうですけど、国内のチケット関係は全部うちが受託してるんですよ。ラグビーは99.3%という史上最高の販売率でした。

林:すごかったです、あの盛り上がり。あの勢いのまま、オリンピックになだれ込むはずだったのに……。

矢内:1年延期になっちゃって、今年本当に開催できるのかという状態にまで追い込まれていますからね。ただ、当然やることを前提にいろいろなシミュレーションをしながら準備はしています。

林:野村萬斎さんをリーダーとする開会式と閉会式のプロジェクトチームが年末に解散しちゃって、今度、電通にいた佐々木(宏)さんという方に代わりましたね。萬斎さん、すごく残念そうでしたけど、どうしてそうなったんでしょう。

矢内:経緯は詳しく知りませんが、組織委員会や国際オリンピック委員会は、感染防止と経費削減を両立する簡素化を打ち出していますからね。コロナの影響で延期したイベントは、予定どおりの規模や内容で進められないという考え方もあると思いますね。

林:私はこの冬、歌舞伎もオペラもお芝居も積極的に足を運んでましたが、劇場がどこも寒々としてます。でも、逆に一体感が生まれて、最後の拍手のときなんか「人が少ない分、一生懸命拍手しなきゃ」という気持ちになって、なんかいい感じなんです。矢内さんは新国立劇場の評議員もなさってますね。

矢内:新国立劇場は10月からフルキャパで入れてます。このあいだ劇団四季が劇場を新しくオープンしたので、「オペラ座の怪人」を久しぶりに上演して、僕は初日に行ったんだけれども、これもフルキャパで入れてました。幕間にみんなロビーに出てきて、「こんなにお客さんが入ってるのは久しぶりだな」「やっぱりいいねえ」って、あっちでもこっちでも口々に言ってましたよ。

林:矢内さんご自身のこともお聞きしたいんですが、矢内さんは大学生のころに「ぴあ」を創刊したんですよね。「ぴあ」は日本の若者に大きな影響を与えましたけど、休刊になってどのぐらいですか。

矢内:休刊は2011年だから、今年でちょうど10年ですね。

林:私、最後の号、まだ持ってますよ。「ぴあ」という名前はずっと残って、「チケットぴあ」とか、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」とか、矢内さんご自身も渡辺晋賞を受賞されたり、ほんとに素晴らしいです。

矢内:ありがとうございます。

林:「ぴあフィルムフェスティバル」は、今年で何回目ですか。

矢内:43回ですね。映画監督になりたいと思ってる人が自分で撮った作品をPFFに応募するんですが、毎年500本ぐらい応募があるんです。応募者は学生が中心ですが、そこから十数本の作品が選ばれて、グランプリとか準グランプリを出してきたわけです。さらに、入賞した監督たちの中から一人だけ選ばれて、上限で3千万円のスカラシップ(奨学金)が与えられて、次の映画をつくる権利を持つんです。つまり、新しい才能を発掘するコンペティションと、スカラシップで育成するという二つのことをやってきました。このシステムで現在、百四十数名のプロの映画監督が生まれてるんです。

林:去年、さらに新しい賞もできたんですよね。

矢内:ええ。さらにその先、世界に羽ばたこうとする日本の若い映画監督の背中を押してあげようということで、去年、「大島渚賞」というのをつくったんです。審査委員長は坂本龍一さんが引き受けてくれて、小田香さんという女性の監督が受賞したんですけど、このコロナの時代にまた新しい表現が出てくるのかなと思って、僕は期待してるんです。

林:素晴らしいです。日本のエンタメ業界を変えた有名な話として、劇団四季が「キャッツ」を日本で初めて上演したとき、「ぴあ」がオンラインでチケットを買えるようにしたという逸話がありますね。

矢内:「チケットぴあ」のスタートのときですね。あれは浅利(慶太)さんの慧眼だったと思いますね。「チケットぴあ」の開発は、外に情報が漏れないように秘密裏にやってきたつもりなんだけど、浅利さんはどこからかその情報を得て、ある日突然、僕を訪ねてきて、「コンピューターでチケットを売る仕組みを『ぴあ』が開発してるそうですね」と言われてびっくりしたんです。「今、ブロードウェーで大ヒットしている『キャッツ』という作品を手に入れた。日本でも絶対ヒットする。ただ、ブロードウェーでもロンドンのウェストエンドでも、2年3年のロングランをやっているのに、日本の劇場は長くて1カ月しか貸してもらえない。だから劇場をつくるしかない」と言うんです。それで「キャッツ」専用の「キャッツ・シアター」をつくったんですね。

林:西新宿ですよね。

矢内:さらに浅利さんは「もう一つ必要なのは、コンピューターでチケットを売る仕組みだ」と言うんです。「そうすれば短時間に大量に販売できる。ロングラン公演のためにはそういう仕組みが必要なんだ。『ぴあ』が開発している仕組みに『キャッツ』を乗せてほしい」と言うわけです。

林:ええ。

矢内:「いつ初日ですか?」と聞いたら、うちがシステムをスタートさせようとしているタイミングより半年も早いんですよ。「それは無理です」と言ったら、そのときはそのまま帰られました。そしたらまたやってきて、熱っぽく語るんです。そのあともまた来られるんで、だんだん情熱にほだされて、システムを開発している現場の努力で、フル装備は無理だけど、「キャッツ」のチケットだけ売れる仕組みをつくったんですね。

林:あれは結局、何枚売ったんですか。

矢内:3日半で10万枚売り切ったんです。今なら10万枚なんて何分かで売っちゃいますけど、1983年だから、今から38年前でしょう。歌舞伎座でもどこでも目の前にお客さんを並ばせて売ってたんですから、日本の興行界にとってはとんでもない大事件だったんです。

林:矢内さんは東日本大震災のとき、いちはやく「チームスマイル」というボランティア活動を始められて、被災地をはじめとする各地にライブ会場をつくったりとかなさいました。

矢内:僕自身が福島県いわき市の生まれですからね。僕の家も取り壊しちゃいましたし、僕の友人たちで被災した人がたくさんいましたし、その意味でリアリティーはずいぶんありましたよね。

林:3.11のあと、矢内さんが私に「僕の母校の磐城高校に講演に行ってよ」とおっしゃって、私、名門磐城高校に行ったんです。そしたら「このおばさん誰だよ」って感じで、誰も私の話なんか聞きゃしないんです(笑)。だけど、東京から一緒に行った講談社の女性編集者だけが感動してくれて、「今日の話を本にしましょう」と言って、それが『野心のすすめ』になって、かなり売れたんです。だから矢内さんには感謝しなきゃいけなくて……。

矢内:いやいや、こちらこそ。それにしても、新年早々こんな暗い話でよかったんですかねえ(笑)。こんなときだけど、エンターテインメントの力を信じて、明るい方向に持っていけたらいいですね。
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矢内廣(やない・ひろし)/1950年、福島県いわき市生まれ。72年、中央大学在学中にアルバイト仲間とともに雑誌「ぴあ」を創刊。74年、ぴあ株式会社を設立し代表取締役社長に就任。84年、オンラインによる日本初のチケット販売サービス「チケットぴあ」をスタート。オリンピックなど世界規模のイベントのチケット販売も多数手掛ける。また、77年から「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」の開催を続けるなど、文化支援活動にも力を注ぐ。2003年、東証1部上場。一般社団法人日本雑誌協会常務理事、公益財団法人ユニジャパン評議員、公益財団法人新国立劇場運営財団評議員なども務める。

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